当館が毎月発行している小さな情報紙「石神の丘美術館通信 イシビ」にて連載中の、芸術監督・斎藤純の
ショートコラムをご紹介します。
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤 純のショートコラム vol.169
今年はエドヴァルド・ムンク(1863-1944)の没後80年にあたります。
ムンクといえば、やっぱり《叫び》でしょう。大きく目を見開いた人物が、両頬を両手で押さえ、口を開けて叫んでいるという絵です。私が初めて《叫び》を知ったのは、中学生の頃に刊行された『五木寛之作品集』(文藝春秋)の装丁に使われていたことによります。ただ、その頃は「薄気味の悪い絵だ」と嫌悪感に近い印象を抱き、五木寛之の小説ほど熱中することはありませんでした。
私がムンクを再発見するのはそれからおよそ20年ほど後です。観る人に得体の知れない不安感を与え、それでいて心の奥に深く印象づけないではおかないムンクの作品に、いつしか私は引き寄せられていきました。そして、《叫び》は描かれた人物が叫んでいるのではなく、襲いかかってくるような叫び声に驚怖し、耳をふさいでいる姿だと知ります。終生、病気(心の病も)とドロドロした恋愛に悩まされたムンク自身の心の叫びなのか、それとも19世紀末のヨーロッパを覆う不穏な空気を描いたものなのか。これは観る人がそれぞれ決めたらいいと思います。美術も音楽も結局のところは、それを受け取って感じる個人のものなのですから。
ムンクは生前こそ出身地のノルウェーでは正当な評価を得られませんでしたが、没後に人気が高まり、今では国民的な画家となっています。この事実が大きな救いに感じられます。