美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.120」
現在、岩手町立石神の丘美術館で開催中の『大宮政郎展』は、LAST DRAWINGSと銘打っていますが、しばしば「ドローイングって何ですか?」と聞かれます。
確かにドローイングは聞き慣れない言葉かもしれません。
けれども、「デッサンのことです」と私が答えると、たいていの方が「なぁんだ」という顔をします。
ドローイングは英語なのです。
フランス語ではデッサンといいます。
日本人は漢字、平仮名、片仮名を使い分け、さらに外来語もたくさん使い分けています。
ドローイングとデッサンも外来語の多様な使用例のひとつといえるでしょう。
ただ、デッサンは下書きや習作というニュアンスで使われ、ドローイングはそれじたいで完結している作品という捉え方がされているようです(厳密にそういう使い分けのルールがあるわけではありません)。
では、私たちが日常的に使っているさまざまな外来語について、思いつくままに挙げてみましょう。
お酒のラベルと宛て名ラベルは、レコード(CD)のレーベルと同じLabelです。
ローマ字のヘボン式のスペルはHepburnで、名女優オードリー・ヘップバーンと同じです。
スペルが同じなのに読み方が異なる例はほかにもあります。
モールス信号を発明したモールスと、明治時代に貝塚を発見して日本の考古学の扉を開いたエドワード・モースは同じです。
ついでに記しておくと、モールス信号のモールスは19世紀アメリカ絵画の巨匠モールスと同一人物です。
音楽の世界ではもっと大変なことになっています。
一般的に使われている「ド・レ・ミ」はイタリア語。強弱を表す「ピアニッシモ」や「フォルテ」などもイタリア語です。
みなさんがコンサートのときに使う「アンコール」もイタリア語です。
調性を表す「ハ長調」や「変ホ短調」などは日本語。
これをクラシック音楽の世界ではドイツ語を用いて「ツェー」や「エスモール」といいます。
ギターやピアノのコード(和音)に使われる「C」や「E♭m」は英語です。
ちなみに、ドレミファソラシドを日本語ではハニホヘトイロハといいます。
上の例のように、調性を記す際に今も使われています。
こんなに複雑な使い方をしているのは日本だけでしょう。
ともあれ、ラスト・ドローイングと銘打った『大宮政郎展』ですが、視力がほとんど失われた今も旺盛な制作活動が続けられていますから、「再びラスト・ドローイング」と銘打った展覧会が開かれるのも遠くなさそうです。
大宮さんはあと10年で100歳になります。
私は密かに『ワンハンドレッド大宮政郎展』を企画しています。