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芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.75

美術館で毎月発行している小さな情報誌

「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、

芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。



なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、

「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。





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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ

「石神の丘から vol.75」






東日本大震災から4年半が過ぎた先月初旬に岩手日報社から、東日本大震災鎮魂岩手県出身作家短編集『あの日から』が刊行されました。

震災直後、同じように岩手県出身作家の短編をまとめた『十二の贈り物』(荒蝦夷刊)が出版されましたが、収録作品はすべてすでに発表されたものでした。
印税を被災者への義捐金(文化支援)に充てることが目的だったので、なるべく早く出版する必要があり、書き下ろしている時間がなかったのです。
一方、今回の『あの日から』は、ほとんどが書き下ろし作品です。

 
実は私も含めて岩手の作家たちは、東日本大震災をテーマにした作品を書いていないことがこの短編集の話が持ち上がったときに明らかになりました。
想像を超えた悲劇を目の当たりにし、それを小説というフィクションにすることに誰もがためらいを覚えていたのです。

この作品集の話をいただいたとき、私はある決意をしました。
東日本大震災を舞台にしたサスペンスを、ハードボイルドなタッチで書こうと決めたのです。

私は震災直後に東日本大震災復興支援チームSAVE IWATEに加わったので、復興支援活動の詳細を知る立場にありました。
ですから、その裏話などを小説にすることもできましたが、それは私の本来の仕事ではありません。
ミステリー作家としてエンターテインメントを書くことで私なりに東日本大震災と向き合うことにしたのです。

ある意味では、つらい道を選択しました。
あの悲劇を舞台にエンターテインメントを書いていいものかどうか、ぎりぎりまで私は悩み、逡巡し、何度も諦めかけました。
自ら高い壁をつくってしまったと、つくづく思いました。

どうにか書き上げることができたとき、私はこれまでに経験したことのない達成感を覚えました。
自ら設定した高い壁を乗り越えることができたからです。
そして、「おもしろい小説」を書いたという自負があります。
と同時に、私はこの作品を書くことで心の復興をすることができました。

もちろん、東日本大震災をテーマに「おもしろい小説などけしからん」とおっしゃる方もいるでしょう。
私自身、その葛藤に一番苦しんだ本人なのですから、よくわかります。
私はこういう形で私のつとめを果たしたと言うしかありません。

私のことはさておき、12人の作家(岩手から現役で活躍している作家がそんなにいることにも改めて驚きます)の個性が味わえる短編集です。
ぜひ手にとってご覧ください。

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